ワタツミは山幸彦に言います。
「この釣り針を兄の海幸彦に返すときは、『この釣り針は気持ちがブルーになる釣り針、イライラしてしまう釣り針、貧乏になる釣り針、パッパラパーになる釣り針』と呪文を唱えながら、後ろを向いて手渡してください。
それから海幸彦が高い場所に田んぼを拓いたときは、あなたは低い場所に田んぼを拓いてください。海幸彦が低い場所を選んだなら、あなたは高い場所を選んでください。
私は水を掌っていますから、海幸彦の田んぼを干上がらせてみせましょう。三年の間に必ず海幸彦は貧乏になります。
もしも貧乏になったことを逆恨みして意地悪をしてきた場合は、塩盈珠(しおみつたま・海の水を呼び寄せる不思議な玉)を使って、水で海幸彦を溺れさせてください。
そこで彼が赦しを求めたなら、塩乾珠(しおふるたま・海の水を引かせる不思議な玉)を使って助けるのです。こんな感じでお仕置きしましょう」
ワタツミは塩盈珠と塩乾珠を山幸彦に手渡し、そしてすぐにサメたちを集めて言いました。
「まもなく高天原の神の子が地上へ向けてご出立になられる。お前たち、何日で彼を送迎できるか?」
皆は自分の体長から何日で往復できるか計算して必要な日数を申し出ましたが、一匹の体長1.5mほどのサメが、
「私は一日で送迎できます」
と答えました。
ワタツミはこのサメに、
「ではお前に送迎を任せよう。くれぐれも山幸彦に恐い思いをさせてはいかんぞ」
と命じ、サメはすぐに山幸彦を首の上に乗せて出発したのでした。
サメは約束通り、一日で戻って来ました。
山幸彦は別れ際に、紐がついた小刀をサメの首に付けてやりました。そんなわけでこの1.5mほどのサメのことを、刀を持つサメという意味でサヒモチ神(佐比持神)と今でも呼んでいます。
山幸彦は、ワタツミの言いつけどおりに釣り針を海幸彦に返しました。その後、海幸彦はだんだん貧しくなり、気持ちが荒んできました。
そしてついには山幸彦に向かってケンカを売って来たのです。
山幸彦は塩盈珠を使って海幸彦を水で溺れさせます。赦しを求めてきたので、今度は塩乾珠を使って救いました。
こうしてお仕置きを受けた海幸彦は頭を下げ、
「私は今後、昼も夜もあなたを守るためにお仕えします」
と謝ったのでした。
こんないきさつがあったので、海幸彦の子孫の隼人(はやと・鹿児島人)たちは溺れた姿をまねた踊りを演じて(隼人舞)、皇室に仕えているのです。